「確認できました」
3Dホログラムの脳スキャン上に、脈打つ光が波紋のように広がっている。
レンは腕を組んで医務室の中に立ち、看護兵のマモルが検査結果を分析するのを見つめていた。
「彼にはインプラントがありません」
ケシは血で染まった包帯が胴体に巻かれた状態で、車輪付きの担架に横たわっている。
ユキが目を見開いてケシを見つめた。手にはタブレットを持っていて、無意識にペン先を頬に当てている。
「でも、アイコアの無い人になぜ移植できたんでしょうか?リンクはなかったのに……」
アカシはケシの目をじっと見つめた。
「エミ、本当に何も覚えていないのか?」
ケシ(エミ)が苦痛に満ちたうめき声をあげた。
「言ったでしょ、覚えてないって!最後に覚えているのは、あの三道っていうヤバい奴の中にいて、見上げたら、明るい光が見えたって。次に気がついた時にはこいつの中にいて、床中が血だらけになってた」
レンが目を細めた。
【アツ、彼の情報は?】
【化神ケシ。18歳。避難者向けの仮住居で一人暮らし】
【詳細なプロフィールが欲しい】
【はい、司令官】
「エミ。見えたのはどんな光だった?」
「ただの光だよ!それ以外に何て言えばいいの!白い光。その後は何もなかった」
ユキは言葉を失い、メモを取りながら、時折信じられないというように首を振った。
「その光はどんな風に感じた?光を見る前、何か変わった考えや感情は浮かばなかったか?」
ケシ(エミ)は顔をしかめ、言葉を詰まらせた。
「うー!知らないって!元の体に戻ってから聞いてよね!」
アカシの尋問が続き、レンは次第に苛立ちを募らせていく。
「アカシ!集中して!これは実験ではない。救出作戦だ。一番の目的はエージェントを取り戻すこと。これは命令だ」
ケシ(エミ)がアカシの白衣の袖を掴み、懇願するような表情でアカシを見上げた。
「お願い」
アカシは安心させるためにケシ(エミ)に向かってうなずいたが、その目はどこか遠くを見つめていた。
「心配はいらない。君の安全は我々が保証する」
マモルが口を挟んだ。
「佐々木司令官、これは一刻を争う事態です。応急処置は施しましたが、早急の手術が必要です」
アカシは気を引き締めるために、息を吸い込み、吐き出した。
「分かってる。最初に行うべき処置は、もちろんアイコアの埋め込みだ。成功すれば、エミを引き離すだけの時間、エゴを隔離できるかもしれない」
マモルはケシ(エミ)の肩越しに身を乗り出した。
「エミ、痛みの緩和のためにモルヒネを投与するぞ」
「はぁー。やっとか」
「ダメだ」
ケシ(エミ)が絶望的な表情でアカシを見た。
「意識に大きな変化があると、それが原因でエミが置き去りになり、回復が不可能になる可能性がある」
「でも——」
「ましてや……」
ユキがペンで自分の顎を軽く叩いた。
「全身麻酔で手術を行えば、彼の潜在意識の中にエミが閉じ込められてしまう危険性があります。そうなれば、典型的な同化が起こるでしょう」
「そんなのあまりに非人道的だよ!」
アカシが淡々と答えた。
「ああ。だが、これが我々に与えられた最善策だ」
レンは中指をこめかみに押し付けた。
自分の限界は自覚している。時には部下の専門知識に委ねなければならないということも。だが、これは医学的なものなのか?それとも現象学的なものなのか?レンには見当もつかなかった。
本来ならマモル側につきたいところだが、そもそもの設計者はアカシだ。こんな時でさえアカシを信用できないのなら、彼がいる意味などあるのだろうか?
レンは緊迫したため息をついた。
「よし。マモル、手術の準備を」
レンは少し間をおいた。
「局部麻酔のみの使用を許す」
ケシ(エミ)は苦しそうなうめき声を漏らした。マモルが哀れみの眼差しでケシを見下ろす。
「覚醒した状態にしておくこと。どんな手段を使っても」
「はい、司令官」
「容体が安定したら、アイコア挿入の処置に進んで」
レンは担架に横たわるケシ(エミ)を見下ろした。
「ごめん、エミ」
ケシ(エミ)が唸り声をあげた。
「レンなんか大っ嫌い」
レンは胸が締め付けられ、突然塊のような重みを感じた。まるで、罪悪感が胃に卵を産み落としたかのように。
──エミ……
マモルが車輪付き担架のボタンを押し、ケシ(エミ)を連れていく。
レンは複雑な表情で、二人が去っていくのを見つめた。
──……たとえ嫌われても、それで助かるのなら、私は構わない。
⋆ ⋆ ⋆
ケシ(エミ)は手術室の手術台に横たわり、明るい円形の手術用ランプを見上げた。
目をぎゅっと細める。
──早く出して、こんな体……
⋆ ⋆ ⋆
手術室の扉の上にあるデジタル画面に、「手術中」という文字が表示された。
レンは扉のすぐ横の壁に寄りかかり、腕を組んで、憂いを帯びた表情で床を見つめている。
扉の向こう側では手術用ロボットがウィーンという音を立て手術を開始した。ケシ(エミ)が血も凍るような悲鳴をあげる。
レンは顔をしかめた後、もう一方の足で地面をしっかりと踏みしめた。
レンはあえて叫び声を聞き続ける。記憶に刻み込むために。
たとえ何の意味も持たなくとも。せめて失敗がもたらす結果を忘れないように。
悲鳴が激しくなった。
レンはジャケットのポケットに手を入れ、アルミの包装を取り出した。裏返し、一番下にひとつ残っていた小さな黒い錠剤を押し出して、口に放り込む。
首を後ろに傾け錠剤を飲み込むと、レンは天井の照明をしばらく見つめて、深いため息をついた。
長い夜になりそうだ。
苦悶の叫びが続く——喉の奥から絞りだすような——しわがれた——言葉にならない悲鳴。